存在が犯罪(1)

 今日も疲れた。
 テレビをつけると、ムショ帰りの荏広が出ている。
 「これはひどすぎます。カネのない奴に限って、こんな事件を起こすんです。」としたり顔で語る。また殺人事件があったのだろうか?

 「コイツは、何年か前にインサイダー取引でパクられたんじゃなかったのか?」
「捕まるほど儲けるのも才能だ」と言って憚らない荏広はその毒舌コメントが視聴者に受け、いまやコメンテーターとして引っ張りだこだ。

 「何でこんな奴がテレビに出るんだよ!マスコミは持て囃してばっかだが、再チャレンジってのは、どんな犯罪者でも許されるってことだったのか?じゃあなんで、犯罪もしてないオレらにはチャンスすら回ってこねーんだよ?」思わず声を荒げてしまった。

 長い長いCMが終わると、胸の谷間がよく見える衣装を着た例の真野アナが、ニュースらしきものを読んでいる。不倫騒動で降板を余儀なくされたが、番組改変で晴れて復帰したのだった。
 「政府は、格差是正の切り札として、相続税の5%増税を閣議決定しました。増税分は出産お祝い金として新生児に支給されることになる見込みです。給付額は新生児一人当たりでおよそ5万円前後と少なく、少子化対策としての有効性を疑問視する見方もあります。」

 荏広が吼える。彼の持ち芸だ。
 「子供1人で5万円?そんなハシタ金じゃ意味ないですよ!こんなのに釣られる国民は少ないでしょうね。ハシタ金目当てでガキ作る奴なんて、どうせロクな親にはなりません。だいたい今の政権は、格差是正を旗印に選挙に勝ったはいいが、勝ったあとどうするかを何も考えていなかったようですね。無能だから、支持率稼ぎのためにこんなバラマキ政策を平気でやってしまうんですよ。これでは日本の将来が思いやられます。」
口は悪いが、結構筋が通っているように聞こえるのがムカつく。

 二人目のコメンテーターが出てきた。 
 「荏広さん、そうはおっしゃいますが、少なくとも政策の意図は評価できます。問題は、なぜもっと早くから実施しなかったかということです。私たち30代独身女性は、プライベートを犠牲にして働いてきました。周りを見渡すと、恋愛対象になりそうな魅力的な男性はたいてい既婚者です。もう結婚を考えるに値する相手も残っていません。30代の独身女性はどうせ残り時間が少ないから無視しても構わないとでもいうのでしょうか?これでは若者と既婚者に非常に有利で、あまりに不平等な扱いじゃありませんか?」
テレビに慣れていないからか、自分の利害に直結しているからなのか、専門家と称する割には感情を剥き出しにして熱く話している。

 見ているこっちも思わず熱くなる。
 「ったくよ~、不利なのはテメーら女だけじゃねーだろ!結婚相手には年収500万以上必要とか、いっつも非現実的なゼータクばっか抜かしやがって。オレらはマジメに働いてんのに、カネがないからって最初から存在しないものとして扱ってるのは一体どこの誰だよ!偉そうに被害者ヅラすんなや!」
精神衛生上良くないのは分かっているが、怒りを感じてばかりだ。

荏広が反論している。
「いや意外ですね。あなた方すら、まだ恋愛結婚というものに幻想を抱いていたとはびっくりです。そんなに子供が欲しいなら、恋愛と結婚と出産を三点セットで考えるという固定観念なんか捨てて、それこそ好きな男性の子供を産めばいいと思いますよ。婚外子だからお祝い金がもらえないということはないはずです。それこそ差別になりますからね。ここは発想を変えて、子供も投資だという考え方があったっていいんじゃないでしょうか?5万円どころか、数千万になって帰ってくるという研究もあります。」
今度は一転して冷静な印象だ。この使い分けのうまさが、名コメンテーターたる所以なのだろう。

 今度は女性コメンテーターが熱くなっている。
「あなたが男性だから、そんな無責任なことを言えるんです。結婚を望ましいとする社会的な圧力はまだまだ強く残っています。私はかなりラディカルな立場ですが、健全な家庭が必要という考え方にも一理あるとは思います。おっしゃることをいざ実行したら、不道徳と批判されるのは私たち女性です。女だけでは子供はできないはずなんですけどね。また、現状では仕事を続けながら育児するサポート体制が整っていませんし、親には反対されるに決まってます。子供にとっても、父親がいないのは不憫です。トータルで考えると、シングルマザーは不利な選択肢です。そんな極論言わないで下さい!」

 荏広の表情が緩んだ。
「すみませんね、そういう反応を期待して極論をあえて言ってみただけですよ。でも、結婚なんて椅子取りゲームと同じで、要は早いもん勝ちなんです。婚外出産を選ばないのなら、選り好みしないで多少妥協も必要だことが言いたかったんです。30代男性の半数は未婚なんですよ。何が嫌なのですか?はっきり言わせていただくと、あなたの論法は、社会が悪い、男が悪いといういつもの責任転嫁ですよね。そもそも政策そのものは評価できるとおっしゃるなら、それでは何がご不満なのですか?テレビは私怨を吐く場所ではないと思いますが…。」

二人の議論が白熱してきたところで、「それでは、次のニュースです。」と真野キャスターが割って入る。番組では、「ニュースに新しい風を!不断の議論でよりよい社会を!」なんて宣伝してるが、こうやって強制終了しないと収拾がつかないというだけなんじゃないかと思う。でも、文句いいながらついつい見てしまうオレらような奴のおかげなのか、視聴率はかなりいいらしい。

 エロとケンカとエンタメ情報、最近の流行はニュースにすらこの3つを求めるようになった。馬鹿馬鹿しい主張を恥ずかしげもなく騒ぎ立てるほどウケがいい、そういう世の中になってしまった。かといって、それを嘆いたとて何の足しにもならないのも分かりきった話。「品格」に変わる何か新しい言葉を持ち出してみたところで、当人の意図とは関係なく濫用され、言葉のインフレを起こしつつ最後には誰からも顧みられなくなるのが目に見えている。目立った者勝ちの今の世の中では、マトモな意見は単に目を惹くところがないというだけで隅に追いやられてる。マトモな意見をアピールしたいなら、結局狂った手段に頼るしかないのだろうか?

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