柳沢大臣の発言

スポーツ紙や週刊誌など、特に祭り好きなメディア誌紙上で内閣改造論が踊り始めた。

参議院では、結果的に旧勢力を勢いづかせる結果となっている。愛知県知事選の予想外の接戦で、与党内でも辞任論が強まる可能性がある。


こうなるのが目に見えていたから、早期改造と書いたのだが、今となっては既にタイミングを逸したような気もする。判断の難しいところだが、マスコミや世間に対処が後手後手に回ったという印象を受けると、かえってマイナスになる可能性がある。

次にお騒がせ閣僚が現われたら即改造できるよう、リストだけは準備しても損はないような気がする。


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…とまあ、こんなことを昨晩考えていたのだが、今日の柳沢厚生労働大臣の発言がまたマスコミに話題を提供しているようだ。


今回の発言は、前回の発言とは違って、本来なら全く問題ないと思う。誤解を招きそうな比喩が使われたわけでもないし、一般常識からそれほど外れているわけでもない。求められるままに大臣の個人的見解を述べたまでだろう。はっきり言えばハメられたのだと思う。

社会を持続可能な状態に維持するには、移民を入れない限り、両親が二人の子供を産んで育てる必要がある。こんなことは、誰が考えても分かりきったことだ。

環境問題の語彙を借りていえば、持続可能な社会こそ健全な社会ではないだろうか?環境保護を唱えつつ柳沢発言を叩く人がいるとすれば、無自覚のうちに自己矛盾に陥っている。自分は絶対に正しいと考えてる人にありがちなタイプだが…。


大臣たるものが、「健全」という価値判断を交えた言葉を用いたことが問題という見方もある。

批判するのも一つの価値判断で、むろんどちらも個人の自由である。

でも、自分の信念を世に実現したいから政治家になったわけで、価値判断するなというのは無理な注文だろう。

となると、問題は無難な表現を用いてどう色を抜くかということになる。官僚の書いた文章のようなものが望ましいというわけだ。

それでどうなるかといえば、まずリスクを恐れて公の場で重要な問題に関する議論がなされなくなる。やがて関心を持つ人が減り、声のデカい奴と利害が絡んだ奴と情報を伝えるマスコミだけが得をするようになるだろう。素晴らしき哉民主主義。でもこれでいいのだろうか?


さて、柳沢大臣は本来経済畑で、厚生労働省関係は専門外のはずだ。ただ、厚生労働省はどうも体質の古さが見え隠れしているし、医療や年金の制度改革には経済に精通した人物が必要になる。最初は意外な人事だと思ったが、起用した意図そのものは悪くない。

まともなことを言っただけでも叩かれるのはちょっと気の毒だが、わざわざマスコミに餌を撒く必要もなく、ちょっと不注意だった。


それにしても、日本ではなぜいつもこうなってしまうのだろう?本質に迫ろうとする議論がまず成り立たない。

若者の間で少子化について理想と現実にギャップがあるというデータがあるのだとしたら、まずはその理由を分析し、どんな対策が可能かを地道に考えるのがオーソドックスなやり方だろう。特に、少子化には特効薬なしと言われている。それだけ複雑な問題ということだ。

私見では、価値観や将来の見通しといった漠然とした要因が案外重要ではないかという気もするが、これらは政策でどうこうできる余地が少ない。

結局、職場復帰や保育施設の整備といったサポート面の問題と経済的問題に対処することになるのだろう。

前者に関しては、まあまあのレベルで折り合いがつきそうな気がする。後者に関しては、バラマキで済む問題でもないから解決は難しいだろう。打開策がないので、結婚したくてもできない低収入の男性がスケープゴートにされて終わりになりそうなイヤな予感がする。

ところで、若者たちは本当に結婚したい、二人は子供が欲しいと思っているのだろうか?という疑問もある。ひょっとすると、社会的に望ましいとされる答えを建前上言っているだけなのかもしれない。もちろん、そこまで確かめることもできないが…。


言葉尻をつかんで批判するのは、一見正義の振る舞いのようでいて、実は議論の邪魔になるということもある。

今度の発言はその一例で、マスコミが大袈裟に取り上げすぎているだけだろう。何かのきっかけにするにはインパクトが弱すぎるから、すぐに沈静化すると思う。

ただ、今までの流れがよくないだけに、何をするにしても自由度は狭まりつつある。やはり改造に備えたリストを作っておいたほうがよいのではないか、そんな気がする。

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