今月の文藝春秋(1)
早いものでもう12月号。年間ベスト記事アンケートの時期になった。
総評は後回しにして、まずは個々の話題から。
年金150兆円が食い潰される
厚生労働省はまさに巨象である。管轄は多岐にわたり、重要度は高く、利害関係者も多い。国内ばかりを相手にしているので、傍目には改革マインドは乏しいように見える。年金も、そのうちの一部署に過ぎない。悲観的な見方だが、ここは準備とノウハウなくして容易には手が出せないと考えられる。拙速な改革は表面を取り繕うのみか、あるいは失敗に終わるだろう。
政略と絡めて言えば、当面は教育に注力するため放置せざるを得ず、選挙向けに何か目玉(に見えるもの)を出すのが限界だろう。どのみち出てくるのは悪い情報ばかりだろうから、年金に抜本的に手を入れるならその後にするしかなさそうだ。選挙に勝てれば、の話だが…。
さて、年金資産は国民の重要な財産である。国益に資するような使途を検討すべきだろう。友人にはリスクが高すぎると不評だったが、例えばごく一部を「北朝鮮救荒基金」として準備しておき、最低限朝鮮半島の非核化と拉致被害者の実現が、あるいはレジーム・チェンジが起こったときに速やかに支援できるように資金面のバック・アップを整えておけば、安全保障上も経済的見地からも国益に資する可能性がある。当然のことながら、金正日ではなく一般の北朝鮮国民を支援することが目的である。彼らには罪はない。
鵜呑みにするわけには行かないが、後のページの「”狂気の独裁者”金正日の最期」によると、中国は北朝鮮ナンバー2の張成沢に「(中国流の改革をするのなら)200億ドル用立てる。」とオファーを出したいう話もある。規模の大きさと目の付け所は正しい。日本としては請求書だけが回ってきてなおかつ誰にも感謝されないという状況は避けたいところだ。ならば機先を制するのも一手。どこかで既に検討されていることを願う。
ゆとり教育で「技術立国」崩壊
文系人間の私は工学の世界に触れるチャンスがなく、たまに「ディスカバリー・チャンネル」を見てそのスケールの大きさに感嘆するばかりである。「ディスカバリー・チャンネル」では日本のプロジェクトが紹介されることも多いが、なぜ日本でこうした番組が作られないのかが不思議だ。「技術は自然環境を破壊する好ましからざる存在である」という俗流のマイナスイメージが広まっていなければいいのだが…。
余談だが、日立の庄山会長はこんなところに出てくる場合なんだろうかと疑問に思う。十月号では、東芝の西田社長が「日の丸半導体はサムスンに勝つ」という一文を寄せている。片や教育談義、片や自社の経営戦略では、その差は大きいといわざるを得ない。コンサルタントを批判するのもいいが、それで戦略不在が正当化されるわけではない。ちょっと厳しい言い方だが、日立はそのポテンシャルを出し切っていないように感じられるからだ。これは日本全体についても当てはまる。世界の中でどのようなポジションを占めたいのか、構想力を養うべき時が来ているように思われる。
ジョークで見る日本人と中国人
『文藝春秋』のおかげかどうかは分からないが、近所の書店では同じ著者の『世界の日本人ジョーク集』が売り切れていた。
いつも使える手ではないが、人種や性などのネタはタブーではなくどんどんジョークにすればいいのではないだろうか?タブーはあくまで社交上の配慮であって、誰かが内心で人種差別的見解を抱くことまでは止められない。一方、ジョークはそれを溶かすことのできる力をも持っている。
日頃から免疫をつけておけば、心無い発言に対しても冷静に対処できる。日本人も防戦一方ではなく、ジョークを切り返せる技量が必要だろう。いつも自虐ネタでオチをつけているばかりが能ではない。
望ましいのは、タブーとされる話題をネタではなくベタで言った者がバカにされるような状況である。そのためには、発言者の意図がどちらにあるのかを見分ける識別力が必要で、これはある程度慣れに依存するだろう。誤解されない場所では、どんどんバカなジョークを言うことにしようと思う。
新聞エンマ帳
面倒なので書かなかったが、安倍政権への評価に関して朝日の「転向」や産経の批判精神の欠如を指摘しているのは同感。
「北、二度目の核実験か?」というニュースに関しては、11日に続報を待ったのを思い出した。新聞がダメならテレビはどうかというと、これが全くお寒い状況である。
日時は覚えていないが、フジテレビの「北朝鮮の地下資源は280兆円」というのはちょっと信じがたい。仮に本当に埋蔵されていたとしても、資本も技術もなくては意味がない。報道ステーションが「ブッシュ政権内で南北統一を議論」というニュースを独占スクープであるかのように報じていたのには、失笑を禁じえなかった。権威は傷ついたとはいえ、世界の覇権国であるアメリカがあらゆるシナリオを検討しておくのは当然のこと。何の議論もないというのであればそれはそれでニュースバリューがあり、ちょっとは見直したところなのだが…。
総評は後回しにして、まずは個々の話題から。
年金150兆円が食い潰される
厚生労働省はまさに巨象である。管轄は多岐にわたり、重要度は高く、利害関係者も多い。国内ばかりを相手にしているので、傍目には改革マインドは乏しいように見える。年金も、そのうちの一部署に過ぎない。悲観的な見方だが、ここは準備とノウハウなくして容易には手が出せないと考えられる。拙速な改革は表面を取り繕うのみか、あるいは失敗に終わるだろう。
政略と絡めて言えば、当面は教育に注力するため放置せざるを得ず、選挙向けに何か目玉(に見えるもの)を出すのが限界だろう。どのみち出てくるのは悪い情報ばかりだろうから、年金に抜本的に手を入れるならその後にするしかなさそうだ。選挙に勝てれば、の話だが…。
さて、年金資産は国民の重要な財産である。国益に資するような使途を検討すべきだろう。友人にはリスクが高すぎると不評だったが、例えばごく一部を「北朝鮮救荒基金」として準備しておき、最低限朝鮮半島の非核化と拉致被害者の実現が、あるいはレジーム・チェンジが起こったときに速やかに支援できるように資金面のバック・アップを整えておけば、安全保障上も経済的見地からも国益に資する可能性がある。当然のことながら、金正日ではなく一般の北朝鮮国民を支援することが目的である。彼らには罪はない。
鵜呑みにするわけには行かないが、後のページの「”狂気の独裁者”金正日の最期」によると、中国は北朝鮮ナンバー2の張成沢に「(中国流の改革をするのなら)200億ドル用立てる。」とオファーを出したいう話もある。規模の大きさと目の付け所は正しい。日本としては請求書だけが回ってきてなおかつ誰にも感謝されないという状況は避けたいところだ。ならば機先を制するのも一手。どこかで既に検討されていることを願う。
ゆとり教育で「技術立国」崩壊
文系人間の私は工学の世界に触れるチャンスがなく、たまに「ディスカバリー・チャンネル」を見てそのスケールの大きさに感嘆するばかりである。「ディスカバリー・チャンネル」では日本のプロジェクトが紹介されることも多いが、なぜ日本でこうした番組が作られないのかが不思議だ。「技術は自然環境を破壊する好ましからざる存在である」という俗流のマイナスイメージが広まっていなければいいのだが…。
余談だが、日立の庄山会長はこんなところに出てくる場合なんだろうかと疑問に思う。十月号では、東芝の西田社長が「日の丸半導体はサムスンに勝つ」という一文を寄せている。片や教育談義、片や自社の経営戦略では、その差は大きいといわざるを得ない。コンサルタントを批判するのもいいが、それで戦略不在が正当化されるわけではない。ちょっと厳しい言い方だが、日立はそのポテンシャルを出し切っていないように感じられるからだ。これは日本全体についても当てはまる。世界の中でどのようなポジションを占めたいのか、構想力を養うべき時が来ているように思われる。
ジョークで見る日本人と中国人
『文藝春秋』のおかげかどうかは分からないが、近所の書店では同じ著者の『世界の日本人ジョーク集』が売り切れていた。
いつも使える手ではないが、人種や性などのネタはタブーではなくどんどんジョークにすればいいのではないだろうか?タブーはあくまで社交上の配慮であって、誰かが内心で人種差別的見解を抱くことまでは止められない。一方、ジョークはそれを溶かすことのできる力をも持っている。
日頃から免疫をつけておけば、心無い発言に対しても冷静に対処できる。日本人も防戦一方ではなく、ジョークを切り返せる技量が必要だろう。いつも自虐ネタでオチをつけているばかりが能ではない。
望ましいのは、タブーとされる話題をネタではなくベタで言った者がバカにされるような状況である。そのためには、発言者の意図がどちらにあるのかを見分ける識別力が必要で、これはある程度慣れに依存するだろう。誤解されない場所では、どんどんバカなジョークを言うことにしようと思う。
新聞エンマ帳
面倒なので書かなかったが、安倍政権への評価に関して朝日の「転向」や産経の批判精神の欠如を指摘しているのは同感。
「北、二度目の核実験か?」というニュースに関しては、11日に続報を待ったのを思い出した。新聞がダメならテレビはどうかというと、これが全くお寒い状況である。
日時は覚えていないが、フジテレビの「北朝鮮の地下資源は280兆円」というのはちょっと信じがたい。仮に本当に埋蔵されていたとしても、資本も技術もなくては意味がない。報道ステーションが「ブッシュ政権内で南北統一を議論」というニュースを独占スクープであるかのように報じていたのには、失笑を禁じえなかった。権威は傷ついたとはいえ、世界の覇権国であるアメリカがあらゆるシナリオを検討しておくのは当然のこと。何の議論もないというのであればそれはそれでニュースバリューがあり、ちょっとは見直したところなのだが…。
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